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 圭介のそんな葛藤する心を知ってか知らずか、時に弱音を吐く圭介を有紀はいつも励ましてきた。

 塾の統一模試の成績がふるわず特進クラスから落とされそうになりそのことで母親にひどく叱責されて苛ついた圭介が、有紀の前でつい兄を引き合いに出し自分自身を否定するような投げやりな言葉を吐いた時もそうだった。
 中2の夏休み前。まだ有紀と藤井が付き合う前のことだ。

 あの時有紀は圭介が面食らう程真剣になって怒っていた。

『自分より上の奴なんて一杯いるし、誰だって足りないとこあってさ、いちいち人と自分比べて落ち込んでたってきりないじゃん!そんな暇あったらさ、やることやれよ、もっと頑張れよ!一緒に南ケ丘入ろうって言ったのお前だろ!だからおれ、早くお前に追いつけるようにって頑張って ・・・』

『お前には良いとこ一杯あって、おれ、そういうとこ、すげえ良いなって思ってるのに、なのに兄ちゃんと比べてしょぼいことばっか・・・おれ、そんなださいこと言ってるお前なんて見たくない!』

 そんな有紀のストレートな態度や言葉には友人として圭介を思う気持ちが溢れていた。それは圭介の心の中に深く入っていき反発する気持ちは少しも起きず、むしろ自分のことを真剣に心配し、そんなふうにぶつかってきてくれる有紀の気持ちを素直に嬉しいと思えた。
 
 後日、部活に出る為体育館に続く渡り廊下を2人で歩いている時のことだった。
 前を行く有紀に圭介は聞いた。少し胸をどきどきさせながら。

『こないださ、お前が言ってたおれの良いとこって、ちなみに、どこ?』

有紀は前を向いたままあっさり言った。

『顔と身体』

『は?』(かおとからだ!?)

『だってどっからどう見ても男じゃん。おれなんか今だに女と間違えられるし、毎日牛乳1L飲んでるのに全然おっきくならないし。ちっともお前に追いつけない』

『な、なんだ、それっ。そんだけかよっ』
(あの時おれ、ちょっと涙出そうになった位感動してたのに・・・)
 圭介が落胆しかけた時、体育館の入り口の階段を上っていた有紀がふいに圭介を振り返った。

『一杯あるよ。もっと』

『・・・え?』

『きっと他の奴誰も知らない。おれだけが知ってる』

『・・・だからさ、それ、どこって聞いてるんだろ』

『絶対言わねえ』

 そう言って笑った有紀の幼さの残る顔を圭介は昨日のことのようにはっきりと思い浮かべることができる。



(有紀はちゃんとおれ自身を見てくれてる)

 圭介はそう思った。
 そんな有紀との付き合いの中で、そしていつも前向きに頑張っている有紀の姿を時に眩しく感じながら「自分ももっと強くなりたい」と本気で思うようになった。
そしていつしか、

(兄貴は兄貴、おれはおれなんだ)

そんな風にも思えるようになっていった。兄に対するコンプレックスも、少しずつ薄れていくのを圭介は感じた。
 有紀との出会いがなければ自分はいつまでも兄の呪縛に囚われて苦しんでいたかも知れない、圭介は今でもそう思っている。そして、
 
(有紀がおれを救ってくれた)

 大げさでもなんでもなく、圭介はそう信じていた。
 有紀にとって圭介がそうであったように、圭介にとってもまた有紀は、想い続ける者という以外に親友としても大事な存在だった。だからこそ強い渇望を抱きながらも、これまで友人関係を続けることができたのかも知れない。

 高校に入っても周囲は相変わらずで教師や上級生に「あの田口亮の弟」という目で見られたが、少しも動じることはなかった。
 兄に憧れて始めたバスケは、中2の終わりに部の先輩であり、有紀の最初の恋人になる藤井との確執が原因でやめていたが、代わりに小学校時代母親に無理矢理やめさせられた空手を再開し、高校でも空手部に所属、大会で優勝するなどの実績をあげ、それはそのまま圭介の自信となっていった。有紀に後押しされ、最後は自分の力で、兄とは違う世界でようやく自分自身の居場所を見つけ出したのだった。
 けれど、高校に入学した頃から目立つ存在で「兄貴と同じ部類の人間」と思って眺めていた寛貴のことを有紀が好きになったと分かった時、しばらく忘れていた、あの覚えのあるざらついた暗い感情がわきあがってくるのを、圭介は感じた。
 それは黒いシミのように、消そうとしても圭介の内部で広がり増殖し続けた。

(・・・選ばれるのは、いつもおれじゃない。結局、おれが本気で欲しいと思うものは、手に入らないんだ。親の関心、愛情、そんなものは、もうどうでも良いけど・・・)

(・・・兄貴みたいな奴が突然出てきて、あっさり横からとっていく。おれがどんなに大事にしてても・・・当然のような顔をして)

 人生に勝ち組と負け組があるなら、須賀は前者でおれは後者、そんなふうにさえ思えた。
 
 圭介の寛貴に対する気持ちの中には、そんな感情も孕んでおり、余計に圭介を陰鬱な気持ちにさせるのだった。


           □

 
 
 寛貴が出て行ったガラスのドアを暫く眺めていた圭介は深く溜息をついた。

(やっぱりこの旅行、来るんじゃなかった)

 そんな後悔が湧き上がってきた。
 自分の中にある忘れかけていた古い傷を無遠慮になぞってくるような存在の寛貴を、愛情のこもった目で見つめる有紀、そんな2人の姿を長時間側で見ているのはやっぱり辛い。おまけに寛貴は圭介の気持ちに感づいているらしい。いや、勘付いている。圭介はそう思った。
 それはもう確信に近かった。

(須賀はいつから気づいてたんだろう。2人が付き合い始めた頃?)

(・・・もしかしたら、もっと前から・・・)

 圭介は思わず眉を寄せた。ひどく惨めな気分だった。 

(長い間必死で隠してきて当の有紀も全く気づいていないことをよりによってあいつに・・・)

 胸の奥に突き上げてきた嫌な塊はしばらく消えそうになかった。ますます旅行に来たことを後悔する気持ちが強くなってきた。
 
(けど、断れるわけねえんだよな・・・あんな顔して誘われたらさ)

 圭介の頭に無邪気な有紀の笑顔が浮かんだ。
 











 
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